音楽はいいね。言葉が決してわからなくても、音楽が奏でるメロディが人を癒し、何をメロディにのせ訴えているのか本能が理解する。私は音楽と言っても詳しい事はハッキリ言ってわからないし、また、最近の曲はリズムのいい曲だなぁと思ったりはするが、その曲が好きかどうかと尋ねられたのなら、好きでもないし、嫌いでもないと答える事だろう。
そんな私だが、一人だけ好きな歌手がいる。メジャーデビューはしていないが藤田麻衣子さんだ。彼女の作る曲は日常溢れた曲や恋の曲が多い。恋と言っても両想いのものや片思い、失恋、不倫的な恋など様々だ。その曲を彼女のか細い小さな体で歌うのだ。彼女の歌は透明感があり、痛みや悲しみ切なさを歌う。それはとても綺麗で聞き入る私達を魅了し、心に沁みるとはこういうことなのだと感じさせる。一度、興味を持ったなら聞いてみてもらいたいと思う。
哀しく切ない歌詞が聞き手に想いの深さを伝えてくれるだろう。あと、お勧めがあるとしたら、二胡の曲だ。二胡は哀しく伸びやかな旋律を奏でる。他の弦楽器とは違う心惹かれるものがそこにあるのだ。最近では和雑貨を扱っているお店などに入ると二胡の曲がかけられていることが多い。二胡の曲は静けさなどを表し、心を穏やかにする効果があるようだ。
そして、決して広い店内でなくても不思議と奥行きを感じさせゆったりとした時間を与えてくれる。これが二胡の魅力だ。私は二胡という音楽を知ってから二胡の曲を買いまわった。中国楽曲なども買って聞いたりした。そこで、日本の音楽と中国の音楽とでは断然に違いが出てくる。音楽という楽器を使った演奏については特に。
中国の曲は大陸の広さを感じさせるように広く伸びが良くそして切なく、祖国を想う深さが現れているように感じた。それとは違い日本の和楽器は雅ではあるが、奥行きを感じさせるものではなく、祭りを指し示すもののように感じた。日本の和楽器は日本の歴史からそのような文化へと移っていったのだろう。
もともと、楽器を振る舞うのは舞を披露したりした時だったりしたようだし、これは文化の違いと言っても仕方がないと思う。しかし、曲というのは言葉が通じなくても万国に通ずるもの。その、音楽というメッセンジャーを使っていろんな国にアピールをしていってもらいたいものである。